恵みと平安があるように

◆エペソ人への手1章1節~2節

1:1 神のみこころによるキリスト・イエスの使徒パウロから、キリスト・イエスにある忠実なエペソの聖徒たちへ。
1:2 私たちの父なる神と主イエス・キリストから、恵みと平安があなたがたの上にありますように。

◎パウロの挨拶

前回、「キリストの体なる教会」がエペソの手紙の主題であることにふれました。今日は、エペソの手紙の出だしの部分に目を通してみたいと思います。 パウロの手紙は必ずと言っていいほど「キリスト・イエスの 使徒パウロから」そして「恵みと平安があるように」というあいさつで始まります。この手紙を書いたのは、パウロは獄中にとらわれていた時でした。パウロの 語った「恵み」と「平安」の意味を聖書から学びましょう。

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Ⅰ.キリスト・イエスの使徒パウロ

「キリストとはどういう意味ですか?」と問われたらどう答えますか?キリスト(ヘブル語ではメシア)の文字通りの意味は「油注がれた者」という意味 です。旧約聖書で油注がれた者とは、預言者、祭司、王を指しています。それぞれその任命を受けた時に油を注がれてその職(地位)に就いたからです。預言者 は、神の口となりその御心を伝える務めを負っていました。祭司は、神と民の間に立ち、民のために執成しをする務めを負っていました。そして王は、指導者と して神の民を治める務めを負っていたのです。イエスは、その三つの務めを負ってこの地上に来られた方、救い主です。キリスト・イエスとはすなわち、預言者 であり、祭司であり、王なる方であるイエスという意味です。一方、パウロは使徒として名乗っていますが、その使徒の文字通りの意味は「遣わされた者」で す。パウロはこの挨拶の中で、「私はキリストによって遣わされた者である」と確信をもって語っています。

◎国税局に努めている友人の話し

ある時、国税局に努めているAさんと話しをする機会がありました。仕事上、暴力団関係者の事務所なども訪れて、調査や徴収(税金の取り立て)をする ことがあったそうです。「怖くなかったですか?」と聞いたところ、「警察官が同伴してますし、公権力がバックにあることを彼らは良く分かってますから、素 直に対応してくれますよ。」という答えが返ってきました。見るからに事務系のほっそりしたAさんはニコニコしながら話してくれました。いかに強面の暴力団 関係者であっても、Aさんのバックについてる公権力の前に は借りてきた猫のようになってしまうのです。

Ⅱ.恵みと平安

1.恵み

初代教会の指導者たちの中で、パウロほど「恵み」の意味を知っていた人はいないと思うのです。なぜならば、サウロ(かつてのパウロ)はクリスチャン に敵対するパリサイ人(厳格な律法学者)であり教会の迫害者であったからです。そのような人物がキリストの憐みと恵みによって救われたのです。全くふさわ しくない者に与えられるのが「恵み」です。何かの行いや、努力によって与えられるのであればそれは「報酬」であって「恵み」ではありません。パウロは、単 に「ふさわしくない者」だったのではなく、「福音に敵対」する者でした。キリストの「恵み」にはそのような敵対者をも造り変え、キリストの使徒として用い ることのできる力があるのです。

◎ヤクザから伝道者へ

私たちの友人に、元ヤクザの井上薫さんという伝道者がいるのですが、私たちの事務所にときどき遊びにきます。覚せい剤中毒の中から、イエス様の恵み によって救われた人です。彼は、少年院や国内、海外の刑務所、招かれればどこにでも出かけて行って熱心に伝道しています。井上さんには失われた人を一人で も救いたいという熱い情熱があります。それは井上さんが恵みによって救われ、今はキリストの平安の内に生かされているからです。

2.平安

新約聖書ではギリシャ語のエイレーネーという言葉が「平安」「平和」と訳されていますが、旧約聖書の「シャローム」の持つ意味を背景に使われていま す。この「シャローム」はユダヤ人の間では、「平安がありますように」との意味で日常の挨拶に用いられている言葉ですが、平安以外にも、健やかであるこ と、繁栄すること、安心できること、和解がもたらされること・・・と多様な意味を含んでいます。さらに「シャローム」は神がつくり与えるものであり、何も 損なわれていない100%満たされた状態をも表しているのです。

わたしがこれらのことをあなたがたに話したのは、あなたがたがわたしにあって平安を持つためです。あなたがたは、世にあっては患難があります。しかし、勇敢でありなさい。わたしはすでに世に勝ったのです。(ヨハネ16:33)