互いに仕え合いなさい

◆エペソ人への手紙5章21節~33節

5:21 キリストを恐れ尊んで、互いに従いなさい。
5:22 妻たちよ。あなたがたは、主に従うように、自分の夫に従いなさい。
5:23 なぜなら、キリストは教会のかしらであって、ご自身がそのからだの救い主であられるように、夫は妻のかしらであるからです。
5:24 教会がキリストに従うように、妻も、すべてのことにおいて、夫に従うべきです。
5:25 夫たちよ。キリストが教会を愛し、教会のためにご自身をささげられたように、あなたがたも、自分の妻を愛しなさい。
5:26 キリストがそうされたのは、みことばにより、水の洗いをもって、教会をきよめて聖なるものとするためであり、
5:27 ご自身で、しみや、しわや、そのようなものの何一つない、聖く傷のないものとなった栄光の教会を、ご自分の前に立たせるためです。
5:28 そのように、夫も自分の妻を自分のからだのように愛さなければなりません。自分の妻を愛する者は自分を愛しているのです。
5:29 だれも自分の身を憎んだ者はいません。かえって、これを養い育てます。それはキリストが教会をそうされたのと同じです。
5:30 私たちはキリストのからだの部分だからです。
5:31 「それゆえ、人はその父と母を離れ、妻と結ばれ、ふたりは一心同体となる。」
5:32 この奥義は偉大です。私は、キリストと教会とをさして言っているのです。
5:33 それはそうとして、あなたがたも、おのおの自分の妻を自分と同様に愛しなさい。妻もまた自分の夫を敬いなさい。

◎互いに仕え合いなさい

「キリストに仕えるように、互いに仕え合いなさい」「キリストが愛してくださったように、愛しなさい。」というのがこの箇所の主題です。

Ⅰ.キリストに仕えるように、仕えなさい

夫に対しても、妻に対しても、まず「キリストに仕える」ことが前提になっています。これは私たちの神さまとの関係、全ての人間関係に関わる大切な命 令です。夫であれ、妻であれ、子どもであれ、誰であれ聖書は私たちがキリストに仕えるように求めています。キリストとの関係を築かずに人に仕えることはで きません。なぜなら、キリストの中に愛があり、赦しがあり、忍耐があり、知恵があるからです。大切なのは主であるキリストと毎日の生活の中で直接的な親密 な関係を築いていくことです。

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Ⅱ.キリストが教会を愛されたように、愛しなさい

教会とは、私たちです。私たち夫婦であり、私たちの家庭であり、私たち自身です。キリストが私たちのためにご自身のいのちを捨ててくださったこと、 私たちの罪を赦して下さったこと、無条件で子供として愛してくださっていること知らなければ、私たちはとても人を愛し人に仕えることはできません。身近な 人たちを愛して仕えていくことは単純な神さまの命令ですが、私たちにとっては常に大きなチャレンジです。でも、確かに、大きなチャレンジでかもしれません が、私たちのうちに住んでおられる方は、私たちが置かれているどんなに難しい状況よりも大きなお方なのです。どんなに複雑な、傷ついた人間関係の中にも赦 しと癒し、回復をもたらすことのできるお方です。

Ⅲ.互いに仕え合いなさい

全体を読めば分かることですが、聖書は妻だけに対して、一方的に夫に仕える(従う)ようにとは命じていません。夫に対しては、キリストが教会(私た ち)のために自分のいのちを与えたように、妻を愛しなさいともっと厳しいことが要求されています。簡単に言えば、妻のためにいのちを捨てなさいということ です。聖書は、夫に対しては自分の目の前にいるその妻を愛して仕えるように命じ、妻に対してはやはり自分の目の前にいるその夫に仕えるようにと命じていま す。でも、それはキリストとの関係抜きにはできないことです。

キリストは、なんでもできる方ですが、あなたの協力なしに、あなたの置かれている状況だけを変えることは望まれません。あなたの益にならないからで す。キリストはあなたを造り変え、あなたを通して、人々を赦し、人々を愛し、人々に仕えることを望まれているのです。憐れみ深い大祭司であるキリストは、 あなたの弱さを十分ご存知です。いつも「わたしのもとに来なさい」とあなたを招いておられるのです。キリストはあなたと親密な関係を築きたい、ご自身にあ なた心を明け渡してほしいと願っておられるのです。明け渡すとは信頼がなければできません。その明渡の度合いに応じて、主はあなたの心の中に、生活の中 に、人間関係の中に働かれるのです。

「夫を、妻を、子どもを変えてください。」「状況を変えてください。」「教会を変えてください。」と祈る前に、「私を変えてください。」といっしょに祈って行きませんか。