信仰の大盾・救いのかぶと

◆エペソ人への手紙6章10節~18節

6:10 終わりに言います。主にあって、その大能の力によって強められなさい。
6:11 悪魔の策略に対して立ち向かうことができるために、神のすべての武具を身に着けなさい。
6:12 私たちの格闘は血肉に対するものではなく、主権、力、この暗やみの世界の支配者たち、また、天にいるもろもろの悪霊に対するものです。
6:13 ですから、邪悪な日に際して対抗できるように、また、いっさいを成し遂げて、堅く立つことができるように、神のすべての武具をとりなさい。
6:14 では、しっかりと立ちなさい。腰には真理の帯を締め、胸には正義の胸当てを着け、
6:15 足には平和の福音の備えをはきなさい。
6:16 これらすべてのものの上に、信仰の大盾を取りなさい。それによって、悪い者が放つ火矢を、みな消すことができます。
6:17 救いのかぶとをかぶり、また御霊の与える剣である、神のことばを受け取りなさい。
6:18 すべての祈りと願いを用いて、どんなときにも御霊によって祈りなさい。そのためには絶えず目をさましていて、すべての聖徒のために、忍耐の限りを尽くし、また祈りなさい。

◎16節~17節

七つの神の武具の内、真理の帯、正義の胸当て、平和の福音の備えについて学んできました。今日は「信仰の大盾、救いのかぶと」について、いっしょに学びましょう。/div>

Ⅰ.信仰の大盾

パウロがここに書いている大盾は兵士の体全体を覆い隠すことのできる長方形の大きな盾のことです。前線での戦いの中でローマ兵たちは、隊列を組み、 前方、上方を盾で覆って敵の陣営から雨あられのように放たれる火矢からお互いの身を守って前進しました。この歩兵戦術はテストゥド(亀甲隊列)と呼ばれて いました。

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悪魔の用いる強力な武器のひとつは疑いです。信仰の大盾とは、敵の陣営から私たちに向かって絶えず放たれる火矢(あらゆる否定的な思い、恐れ、偽 り)から私たちの身を守ってくれる武具です。信仰とは聖書のみ言葉にとどまり、信じ、それを告白し、それに従って生きることです。信仰とは父なる神に対す る単純な信頼ですが、信仰によって私たちが建てあげられていくためには、神の家族との交わり(コイノニア)が欠かせません。

私たちは一人で戦っているわけではありません。ローマ兵が戦いの中で隊列を組んで戦ったように、信仰の仲間との交わりの中にとどまり、共に戦ってい くことが大切です。キリストのからだの一員として、お互いに取り成し、支え合う関係なしに勝利を収めることはできません。信仰の大盾は自分だけを守る武具 ではないからです。夫であるならば妻を自分の大盾で覆い、夫婦であるならば、夫と妻がともに信仰の大盾を取って子供たちを守っていく責任があると思うので す。信仰の大盾は神の家族をお互いに守るための武具でもあるのです。

Ⅱ.救いのかぶと

悪魔が用いるもう一つの強力な武器は落胆、失望です。その攻撃に対して聖書は、私たちが私たちの思い(精神、知性)を守るために救いのかぶとをかぶりなさいと命じています。Ⅰテサロニケ5:8では、救いの望みのかぶととして書かれています。

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救いのかぶとをかぶるとは「救いを喜ぶこと」です。暗闇の支配から救い出され、キリストのご支配の中に移された私たちは、すでに救いの望みの中に入 れられています(コロサイ1:13)。いのちの書に自分の名前が記されていることを私たちはどれほど喜んでいるでしょうか。主とその救いを喜ぶときに、神 の力が解放されるのです(ネヘミヤ8:10)。

アメリカのある大学が混声聖歌隊を被験者として唾液に含まれる免疫性物質の変化を調査しました。驚くことに、リハーサル後には150%増加し、本番後には240%増加していることが判明したのです。賛美は私たちの霊と心ばかりでなく、肉体をも健康にする力があるのです。

また、救いのかぶとをかぶるとは「将来の約束に目を留めて希望を持つこと」です。救われた私たちは将来の救いの完成に向かって歩んでいることを忘れ てはいけません。望みがあるからこそ、喜んで希望を持って戦い続けることができるのです。私たちの主であるキリストは敵との戦いにすでに勝利されているの です。

あなたがたは、今がどのような時か知っているのですから、このように行ないなさい。あな たがたが眠りからさめるべき時刻がもう来ています。というのは、私たちが信じたころよりも、今は救いが私たちにもっと近づいているからです。夜はふけて、 昼が近づきました。ですから、私たちは、やみのわざを打ち捨てて、光の武具を着けようではありませんか。(ローマ13:11~12)